2006年12月 3日 (日)

シルバースキー(第6回)

 そこは、日本人がまだ殆ど来た事が無い場所で、
毎晩宿舎でドイツ語の地図を見ながら明日のコースを考えるのは、
寝る時間を忘れるぐらい楽しい経験でした。

 そして、二〇〇三年には、
家内と一緒にBSAの海外ツアーに初参加して,
平沢先生と初恋のレッヒとツール間のサーカスを楽しみました。

 十二年振り、感慨深いものが有りました。
私もとうとう喜寿を迎える事に成りました。

 今日まで余り周りの方の足手纏いにならず、続けられたのは、
十五年前にクルージングとサーカスと言う
スキーメソッドに出会った事が大変大きかったと思って居ります。

 何故か日本のスキー学校は短い距離で曲がる事ばかり教えます。

しかしスキーは狭い所でくにやくにやと曲がるスポーツでは無く、
広い大自然の中を 動力を使わずに人間が出せる速いスピードで、
自由に行動する事の出来るスポーツです。

 曲がるのはコースの端に来たり、
障害物が有った時に方向を変える為の技術でしか有りません。
長い距離を休まずに滑ると、体が自然と疲れない方法を覚えます。

 私は、それはスキーの良い位置に乗る事だと思います。
良い位置に乗って、平らに踏む事さえ覚えれば、
後は行きたい方向にスキーは向いてくれます。

以上がスキー教師の資格を持たない私が、五十年掛かって
体で覚えたシルバースキーの楽しみ方です。
長い距離を滑っても疲れない要領を会得すればよいのです。

 今までとは全く違ったスキーを楽しむ事が出来ます。
白銀の広い自然の中を、全身をリラックスさせて、
心地好いスピードに乗って、いっぱいオゾンを吸って、

 そして、まわりの景色を楽しみながら滑る、
本当の意味のスキーを、何歳に成っても、味わって戴く為に、
この拙い文章が少しでも、皆様の参考になれば幸いです。

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2006年11月 7日 (火)

koujyunnsha

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2006年11月 6日 (月)

シルバースキー(第5回)

翌朝は、朝食のお弁当を持って五時出発です。、
パスポートを忘れないようにと注意を受けます。
バスに乗り込み、ツールに行きましたが駐車場が見つかりません。

そこで、レッヒに行き、そこからスキーサーカスを始めます。
志賀チャレなんて比較にならない雄大なコースです。
ただ、無我夢中で滑りました。

レッヒに帰って、街の中を歩くと、大きな靴屋さんが有りました。
こんな田舎にどうしてと思うほどです。
壁にマイスターの免状を掲げています。

たぶんそのマイスターでしょう。
おじさんが、何かしています。
みると、一生懸命靴の中敷を作っていました。

この時知ったクルージング・スキー
そして、スキーサーカスに嵌まった感じです。
その後ヨーロッパやカナダは勿論、日本国内でもやみつきです。

個人で滑る時は、出来るだけ幅を広くコースを取ります。
そして、終点までは止まらずに毎回異なるコースを滑る、
そういうことが、身についてきました。

一九九六年、小学校に入る前の孫を連れてソルトレークに行き
六日間毎日異なるスキー場を巡って、サーカスを教えました。
また、二〇〇一年には、イタリア・ドロミテです。

これは、世界最大のスキーサーカスと言われるところです。
そのセラロンダ(一周五〇粁)を家内と一緒に右回り二回、
左回り二回半滑りました。

特に想い出深いのは翌二〇〇二年です。
名高いキッツビューエルの隣町ブリクセン・イン・タール、
そこに住む家内の同級生の方のお宅に泊まり、
周辺五ケ所のスキー場をサーカスした事です。

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2006年10月 4日 (水)

シルバースキー(第4回)

 否やもありません。よし、そうしよう。
私たちは、ホテルに早い朝食を頼みました。
翌朝は六時の出発です。

 予定外のダボスでした。
旅の楽しみは、こういうハプニングに身をまかせることです。
エージェントのスケジュールにせめ立てられるのでは味気ない。

 私たちは、ハプニングに身を任せ、何が起こるか、
一日、楽しいスキーをしました。
これに味を占め、翌日はオーストリアのレッヒです。

 同行の妻達がなにか、わけのわからない言葉を交わしています。
「スキーサーカス、スキーサーカス」」
私の知らない言葉です。

 まさか、アクロバットでもあるまいと思って聞くと
「スキーサーカス」と言うのは、スキー場を巡ること、
決して同じ所を滑らず、次々と新しいコースを繋ぐことです。

 出来ればスキー場全部のリフトに乗って全ココースを完走する。
そういう滑り方だと言うことでした。
オーストリアのレッヒは、スキーサーカスでは有名なコースです。

 サンクトアントンの奥ツールとレッヒの間です。
行きは左側の斜面をリフトに乗っては滑り降りると目的地に到着
帰りは右側の斜面をリフトに乗っては滑り降りると出発点に帰着

 そういう言う話でした。
私は三年程前に志賀高原で全リフトに乗るチャレンジをしました。
軽く、「あれと同じかな」と考えて居ました。

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2006年9月12日 (火)

シルバースキー術(第3回)

 気持ちよく下った後は登りにかかります。
今でこそ、この地方も、リフトがかかるようになりましたが、あの当時は
Tバーです。それもどうでしょう。ちょっとやそっとの長さではありません。

 えんえん2000メートル、そうです。尻にあて、転ばないように足を
踏ん張っていきます。日本人には想像もつかない難行です。
しがみつく綱次第で、下手すれば転びます。

 それでも、登りはいいです。いきなり急な下りをどうします。
同じTバーに身を支えていくのです。
これには本当に緊張しますねえ。しかし、やがて、慣れてきます。

 なんとかなるものです。雪の日も考えて、一週間を予定していました。
それが、4日で完走です。
そんなに早めて滑ることが、なんで、老人スキーなんだ。

 いぶかるのは、もっともです。
実は、サンモリッツのスキーは素晴らしい天候に恵まれたのです。
しかも、例の操法です。

 息長く、止まらないで持続するのです。
これは、ゆっくりの気分でも意外に早いのです。湖の反対側には、
長さ5000メートルを超えるコルヴァッチのゲレンデがあります。

 列車でイタサーの方向に行くディアヴォレッツア氷河の滑降もあります。
それらを、気持ちよく完走してしまったのです。
こうなると、後三日をどうする。

 議論して居たら、ポストバスの運転手さんが話しかけてきました。
おいら、明日は休みだから、
一緒にダボスにでも行って見ないか。どうする?(続く)

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2006年9月 7日 (木)

シルバースキー術(第2回)

 ああ、見事だ。その後ろ姿に見とれていると、
人影はみるみる、豆粒程になっていきます。後続が出ます。
後へついていけばいいんだ。そこは気楽にシュプールを追います。

 長い斜滑降を続けます。大きなカーブを描いて方向を変えます。
こうして、2000米以上も止りません。
これなんだ。滑走エリアの最長コースを出来る限り広く使う操法だ。

 安定した速度を保ち続ける。
コースの終わりまで休まずに滑る。どんな斜面や雪質もOK、
対応出来ないようなスピードはもともと出さない。

 これだ。これが、クルージング・スキーなんだ。
ああ、なんと快適。初めての体験だ。それにしても
これまで、俺はなにをしてきたのだろう。

 スキー場の適当な斜面を選んで、はやく回転してきた。
ほんの100米程で、左右二回程度のターンを繰り返す。
これが、スキーだと思いこんできた。

 うまい人というのは、細かいターンを連続して出来る人だ、
そう思いこんできた。なんたること、なんたること。
青天の霹靂(へきれき)というのはこういう時の言葉だ。
                               (続く)

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2006年8月25日 (金)

シルバースキー術

 9月となれば、秋、
 秋来たりなば 冬遠からじ
 会員西山和夫君のスキーエッセイがとどきました。
題して「疲れないシルバースキー術との出会い」。

 西山君は1930年生まれ、ふつうならばあったかい襟巻きかなんかをして
コタツに丸くなる年頃、それが、
ネックウォーマーをして極寒3000mの山頂を滑る。

 昔流に言えば「壮者をしのぐ」現状、
その秘密がこのエッセイの中にあります。
9月いっぱい、連載しますので、お楽しみを。

            記


          疲れないシルバースキi術との出会い(第一回)

 会社に勤めて居た頃は、
三泊四日程度のスキーを年に一回か二回楽しむのがやっとでした。
55歳で自分の会社を創って五年、漸く軌道に乗り、
二週間程休みが取れる様に成り、1991年2月

 初めて海外でスキーをする機会に恵まれました。
誘われた先は、サンモリッツです。
今迄何回か出張で訪れたヨーロッパへの旅とは異なる、

 浮き浮きした気持ちでエンガディンの谷に到着しました。
豪華なホテルが立ち並び、街には高級品の店がひしめいて居ました。
到着早々欧州スキー場の立派さにカルチャーショックを受けました。

 翌朝ホテルの前から登山電車に乗って着いたところが
2500米のコルヴィグリア山頂、さらに日本ではお目に掛らなくなった
Tバーに乗り換えて3000米のピッツナイルの山頂で余りの寒さに、
初めて目にしたネックウォーマーを買いました。

目の前に広がる幅500米長さ4000米の広いゲレンデ、
息を呑んでいると、
先頭が滑り始めました。(続く)

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2006年6月29日 (木)

交詢社スキー同好会夏の部

 交詢社スキー同好会夏の部第一回が、挙行された。
場所は、冬のホームコース尾瀬岩倉スキーリゾートと付近の山山、
参加人数は、男女併せて16人。

 一行が勢ぞろいすると、貸切のバスが、用意されていた。
目指すは、尾瀬ヶ原一帯に群生する水芭蕉と下界を離れた仙境である。
バスは、ほどなく、東電小屋の名で知られる東電所有の秘境に分け入る

人っ子一人いない。
行く手のはらに、白また白、それが水芭蕉の群生だ。
そしてその間には数限りない草草、トリカブトなどの怪しい姿もある。
一行は、ゆっくり差し渡された木の道を歩む。

 突然近くにホトトギスの鋭い鳴き声があがる。
耳をすませば鶯もいる。ここは仙境だ。夜になって、鳥達が去れば、
月明かりにほの白く浮かぶ花の群れが、草をわたる風に揺らぐ。

 一行満足してホテルに帰る。温泉につかり、その後は雪月花だ。
雪月花とは、この辺の村に一件ある料亭で、雛にも稀な料理がでる。
塩一粒にもこだわりを見せるここのお上は村長の一族だ。

 突き出しに、山菜
を程よく調理した一皿に、各自は生ビールの大杯をあげる。
ころあいを見て、目の前のテーブルの中ほどが開き、囲炉裏に転化する。

これから、肉の炭焼きに入る。備長炭があかあかと盛り上げられる。
ブロイラーではない、吟味された地鶏が、串に刺されて出てくる。
この辺で取れる野菜が彩りを添える。

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秋のゴルフ会

スキー同好会各位:

春の”山菜を食する会"に次ぎ秋はGOLF会を次の通り開催いたしますので会員の皆様奮ってご参加ください。

日時 : 9月14日(木) 10:00  クラブハウス 集合

場所 : 霞ヶ関カントリ―クラブ Tel 049-231-2181

      〒350-1175      埼玉県川越市笠幡3398

費用 : abt.25ooo円 (夏季特別割引) クレジットカ―ド可

参加可能人員 : 先着 12名

申込み先 : メ―ル miya28@b-star.jp

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2006年5月28日 (日)

夏のスキー同好

 スキーは、冬しかできない。
いや、外国がある。そう言うが、それも冬を求めているのに違いない。
交詢社スキー同好会は、新趣向を考え出した。

 それは、ホームコースにしている尾瀬岩鞍スキーリゾートに夏行く。
雪の替わりに夏の草木や花の乱舞するスキー場を観察する。
これはまた人生の転変を見るようで、季節感のある日本人には面白い。

 動くだけ、騒ぐだけの多い世の中で、「感ずる」事の微妙な饗宴。
それもあっていい。
尾瀬岩鞍は、夏に山菜狩りと、取り立てを賞味するサービスがある。

 交詢社スキー同好会は、それに乗って、夏の親睦を深める。
すでに参加を表明している会員は19名になるが、もっと欲しい。
ご家族の参加があれば、なおいい。

 参加日;6月5日と6日、一度幹事に連絡をされるように
お願いしたい。
幹事:宮本 進 メール:miya28@b-star.jp ℡:044-888-9997

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